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[12] - 2003/12/05 (23:47)

【雑記事類】

馬頭広重美術館の建設現場から

押尾章治
ルーバーで覆われた美術館
長さ81mに渉る浮世絵美術館の内外全てを、小さな断面部材の杉材ルーバーで覆う。一体何が見えてくるのだろうか。もちろんその物理的な構成自体は、頭では理解できていた。しかし、天然木の小さな線材が、幾重にも重なり合って作り出す複雑な空間性や、光を媒介に様々に映し出される周辺環境と一体となったその表情は、感覚的にはとても捉えきれるものではない。最終的に、現実の建築となって目の前に現れたそれは、やはり当然ながら設計時点での自らの把握をはるかに超えて非常に豊かで多様なものであった。
事務所内でこの構想が最初にまとめられたとき、ルーバーの構成によって引き起こされる効果を十分に理解できた者はいなかったと思う。私もそうであったし、構想をまとめた隈本人もそうだったのではないだろうか。もちろんそれを説明した他の設計スタッフや、様々な形でプレゼンテーションした馬頭町の関係者、施工関係者等においてもそうだったと思う。プロジェクトに係わった関係者の誰もが、実現に至る空間の質を正確には捉え切れないまま、唯々、ルーバーの羅列のみを想像していたのではないだろうか。
それでも設計を進める側としては、当然それをコントロールしなければならない。このルーバーの構成から引き起こされている、独特のスケール感や素材感、物質感を何とか理解し、実感として把握し直して、最終的に実現されうる空間の質を操作しようとしていたのである。しかし結局、建物が完成するまでの様々な検証のプロセスにおいて、その把握が追いつくことはなかったようである。現実は常に先に行っていた。結局このプロジェクトのすべての作業は、手元で実感できる範囲の感覚をもとに、設計や施工での様々な検証作業を通じて、なんとか建築という大きなスケールまでを、感覚を推し広げて捉え切ろうとするプロセスだったと思う。
ルーバーの構成が引き起こす独特のスケール感や素材感、物質感を正確につかみながらディテールを決定していくことがとても重要であった。というのも、このルーバーの構成が周辺の自然環境と一体化して知覚されるかどうかは、ひとえにルーバーのあり方にかかっていたからである。当然のように、この特異な建築を実現する上でも様々な問題はあった。しかし、それを淡々と、ひとつずつクリアしていくこと自体が、自らの身体感覚を推し広げることと同時に、周辺の自然環境とひと繋がりになっていくことのように思われたのである。
そしてこの繋がりの感覚を実現させることができたなら、つまり建物のその先にあるもっと大きな自然にまで更に感覚を延長させていくことができたなら、広重の描いた浮世絵の世界に繋がることができるのではないかと思えたのである。日常生活の中の様々な自然の移ろいを描いた広重の世界が、そこに立ちあらわれてくるような気がしたのである。こうして、プロジェクトは続いていった。

粒の大きさとプロポーション
ルーバーについては、設計の最初期の頃から施工途中に至るまで、その大きさと間隔の検討にはかなりの時間を費やしていた。最終的には、美術館の横幅81mの内外にわたり取り付けられたルーバーは、30×60mmという小さな断面で、120mm間隔と決まった。そしてそれは外壁、屋根それぞれから165mm程浮かせた形で取り付けられ、ルーバー自体の影を下の壁面に様々に映し出す納まりとなった。
しかし、この決定に至るまでには、何種類もの原寸模型やモックアップが、大量に作られ検証されていた。なぜならこのルーバーの外壁は、実際問題としてCGや図面で検討するということが一切できなかったからである。例えば1/100の立面図でルーバーを描く場合、正確に描こうとすると、建物の横幅となる81cmを、ただ単に縦線1350本で書き潰してしまうだけのことになる。図上で大きさのバランスを見るどころの話ではなく、まったくただの線の塊を眺めるだけであった。それは模型での検証も同様で、少しでも縮小したスケールで作ると、検証の意味がなくなると思われた。やはり実際の寸法と、縮小されたそれでは、引き起こされる感覚がかなり異なるからである。原寸で作ってみる以外には検証にならなかった。だからとにかく、様々な種類のルーバーの原寸模型やモックアップを作って、事務所のベランダや建設現場で並べて日光に当て、ルーバーの織り成す影や光のバランスを検証したのである。
原寸のルーバーサンプルを作る上での、とりあえずの大きさ設定についても、最初は何の根拠もなかった。とにかく全体と個々のルーバーの大きさを一緒に比較できない以上、大きさの見当をつける意味はなく、思いつくままに作って比べ続けることだけだった。それでもその作業を続けていくと、異なる種類間の感覚的な差異だけが蓄積されていく。不思議なもので、言葉には出来ないがその差異の蓄積だけで取捨選択がだんだん可能になっていくのである。とても不思議な体験であったが、やはり人間の知覚による大きさの判断の根底には、現実的な身体の大きさという根拠があると実感した。
サンプル確認が続く中、ルーバーデザインの最終的な決定は、コンクリート工事、鉄骨工事の完了した後になった。建物外周に立ち上がった鉄骨フレームに、最終的に数種類に絞ったモックアップを並べて決めたのである。そのときにはすでに、全体との比較は叶わないまでも、やはりこの部材寸法でこの間隔でなくては駄目だというような感覚が養われていた。

建築法規による材料の克服
屋根、外壁を覆うルーバーには法規的な問題もあったのである。日本の建築法規では、今回の立地では屋根に不燃性能が要求される。一般的には防火の観点から、屋根全面に渡って木材を使用することはできない地域である。それでも何とか地元産の杉材を建物の佇まいに生かそうと、建設大臣の個別認定申請を試みたのである。しかし、それを実現するためのスケジュールとしては、非常に厳しいものであった。個別の認可を受けるためには、何らかの不燃処理技術を探して木材に施し、安全と証明できるまでの数々の燃焼実験をこなさなければならない。その燃焼実験は実際の完成形の屋根とまったく同様のモックアップを作って実際に風をあてながら燃やすのである。そしてもちろん、個別認定までの過程で、燃焼実験にいい結果が出なければ、その時点で杉材使用の可能性はなくなる。結局、杉材が使える確証が一切ないまま、希望的観測で、工事の予算組みや材料手配が行われることになり、工事と同時進行で燃焼実験が行われるという、とても綱渡りなスケジュールとなってしまったのである。
木材の不燃処理については、現存するあらゆる技術を大急ぎで検証することになった。その結果、宇都宮大学の安藤先生のグループが研究している、遠赤外線乾燥を応用した処理方法に行き着いた。これは、杉材を遠赤外線燻煙乾燥させ、その表面にある壁孔壁を破壊することで、内部までの徹底した乾燥が実現でき、隅々までの行き届いた薬剤処理が容易にできる技術である。加えて、木材の表面応力も減少するので、反りや捻れといった変形も少なくなり、建材としての精度確保に役立つ効果もでる。こうした新しい技術を採用しながら、杉という自然素材であっても、安定した不燃性能が得られるということを証明しなければならないのである。
この処理を施した杉ルーバーを、原寸モックアップ検証で決定した大きさと間隔で、屋根下地と一体となったモックアップとして数体作った。材木工房での本番を想定して繰り返された予備実験が、工事途中に行われた。祈るように炎を眺め、結果に一喜一憂する毎日が続いていった。
こうしたプロセスを経て、何とか施工に間に合うように建設大臣認定が取得でき、地元産の杉材を大規模に使用することが可能になったのである。

部材の連続、あるいは物質性と抽象性
ルーバー建築は、その構成上、表層に現れるルーバーの大きさや間隔が決まってしまえば、デザインは終了したかのように思われがちだが、実はそうではない。その下地組との関係が問題なのである。特にこの美術館デザインでは、支えられている杉ルーバーと、それらを支えている下地の構成をすべて見えるようにしている。例えば屋根の一部をとって上げてみると、ルーバーの皮膜の下には、ルーバー取付け用鉄骨フレーム、フッ素鋼板の屋根/波板ガラス屋根、野地板、垂木、構造鉄骨、天井下地用吊りボルト、ルーバー取付け用フレーム、最後に天井杉ルーバーという構成になっている。ルーバーの表層だと、唯でさえ下地が見えるのに加えて、特に今回は、外光を室内に取り入れる納まりにしているので、さらによく下地構成が見えるのである。屋根ひとつとっても、見せられる下地部材をデザインすると同時に、支えあっているそれらの構造自体も積極的に見せることを意識したのである。そして下地金物のディテールを検討しデザインしていくと、ルーバーの金物の施工図だけでも、150枚以上に及ぶことになった。
当たり前の話ではあるが、「建築」は、それを構成する膨大な数量に及ぶ各部材の集まりである。それらは、大きな構造材から、様々な中間部材を介して、肌理の細かい表層にいたるまで連続している。様々な大きさの各部材が、様々な接合方法で支えあっているのである。
それらを成り立たせるためには、各々、接合が可能になる取付け精度の確保が必要になり、それが「建築」という構成のルールとなる。今回見せられる下地構成をデザインする上で、そのことを再認識した。そして、その高い精度の構成ルールの中に、同様に抽象的な部材に加工された杉という生な天然素材を挿入することで、抽象的な幾何学模様の中に、物質感のみが浮遊する構成の表現が、実現できたのである。

建物完成
設計での検討、施工での検討を、様々に経ながら進めていく途中で、ある時、そのルーバーに覆われた姿は一機に現れた。立ち上がったその姿は、様々な表情の光の状態や季節の移ろい、周辺の自然に溶け込むように浮遊する不思議な物質感を孕んでいた。数人いた設計スタッフも、その佇まいを前に、毎朝来る度にため息を漏らしていた。馬頭町の関係者も、これがやりたかったんだね、ようやく分かったよ、と口々に言ってくれた。近所を往来する地元の人々も、いやぁ、すごいものを作ったねという人から、一体いつになったら屋根を張るのという人まで様々な反応を見せ、皆、笑顔で通り過ぎていくのだった。



From the Construction Site of Hiroshige Bato Museum of Art
Shoji Oshio

A Museum Covered With Louvers
Small section members of Japanese cedar louvers are covering the interior and exterior of the 81m long Museum of Ukiyo-es. What can be seen? Of course the physical component itself could be comprehended by the mind. Yet the tangled extensity created by the small natural wooden linear elements repeatedly overlapping, and the expression of the integrating periphery environment depicted in various ways created by the intervention of light are something unable to be perceived by the senses. In the end, the architecture that appeared in front of us was abundant and diverse, something that had gone far beyond our ideas of planning.

When the plan was first brought together at the office, I think there was nobody who had fully understood the effect the louver structure would have on the museum. I for one was not sure, and possibly Kuma himself who had assembled the ideas did not understand either. Of course I think that would include the other planning staff who had explained the idea, the people of the town of Bato who made many presentations for the project, and the people who were involved in the construction. Everybody who was involved with the project had not exactly grasped the quality of the space that would be created, and could only imagine the arranged louvers.
Nevertheless as the person in charge of the planning, this problem had to be taken under control. We were trying to somehow comprehend the unique sense of scales, materials and qualities that were caused by the louver structures, to understand these ideas as they are, and finally work on the quality of space that would be realized in the end. However, during the many studying processes until the completion of the building, the understanding never caught up with the construction. Reality was always a step ahead. Eventually all the work for this project, based only in the boundaries of what we could actually feel at our hands, was a process of grasping an image of the enormous scale of architecture by expanding our senses through the many studying processes of planning and construction.
It was very important to decide the details by accurately grasping the effect of the unique senses of scales, materials and substances that the structures of the louvers made. Whether or not the structures of the louvers would be perceived as a whole with the surrounding nature depended on the state of the louvers. Of course there were many problems upon building this unique museum. However to overcome these problems one by one without much concern was itself thought to expand the somesthesia and at the same time to integrate the museum with the surrounding natural environment.
If this sense of relationship were to be accomplished, which meant if the senses could reach beyond the museum to the vast nature, it would connect to the world of Ukiyo-e drawings by Hiroshige. I felt that the drawings of the world of Hiroshige that depicted the natural changing in our daily lives would manifest itself. Thus the project continued.

The Size of the Drops and Proportions
We took a lot time from the beginning of the planning until the midway of construction to study the size and spacing for the louvers. Finally, it was decided to install the louvers in and outside the 81m wide museum wall with 30x60mm sections 120mm pitch. Furthermore they were installed 165mm off the outer wall and roof as the shadows of the louvers would cast upon the underlying wall.
Until we came to this decision though, many full scale models and mockup were created and studied. This was because we could not study the louvers with computer graphics or plans at all. For example if a 1:100 scale louver were to be drawn for an elevation view, when precisely drawn, it would mean that 1350 lines were drawn in the 81 cm wide building. It was not a matter of seeing the balance on the plan; it was just staring at chunks of lines. The same went for the studying of models, for if they were made any smaller the studying would turnout to be useless. In fact when comparing the actual scale with the scaled down version, the feeling of the building would be completely different. There was no other way in studying than making them the actual size. Therefore, several different types of louvers in full scale models or mockups were repeatedly made, laid across the veranda or at the building site under the sun, and the balance of the shadows and light that the louvers produced were studied.
Even when making the original size samples of the louvers, nobody had any basic knowledge of how to decide their size. Unless the whole building could be compared with the size of each individual louver, there was not point in adjusting the size, so all we could do was make what came to mind and keep on comparing. But even then when continuing with this process, all that would accumulate were sensual differences among varied types of louvers. It was a strange thing and it can not expressed in words, yet just with these accumulations it gradually became clear which louvers to select and which to not. It was a very strange experience, yet it made me think that at the basis of a persons visual judgment lies the evidence of real human scale size.
  As the verification for the samples went on, the final decisions for the louver designs were made after the concrete construction and steel frame work were finished. We lined up several mockups that we’d chosen out of all the mockups, and lined them up on the steel frame. At that time it was too late to be able to compare the louvers with the entire building, yet we were able to foster our sense of understandings of which spacing did not go well with which dimensions.

Overcoming the Building Code for Materials
There were several legal problems involving the louvers for the roof and exterior walls. Under Japanese building codes, the entire wooden roof had to be inflammable for this location. Generally from the standpoint of preventing fires, it was not possible to use wood for the entire roof in this region. Yet we strongly wished to use Japanese cedar, indigenous to the local neighborhood, for the design, so we tried to individually apply for official recognition. However, our schedule was very uptight to accomplish this task. To get an individual official recognition, a fire retardant treatment had to be found and performed on the wood, and several tests had to be executed in order to assure safety. These flammability tests involved making an exact mockup of the final roof and burning it under windy conditions. Evidently, until the approval, if results were not satisfactory for the flammability test, Japanese cedar could not be used. Therefore, without any assurance of being able to use Japanese cedar, the budget for the building and arrangements for the material were made on a very tight and dangerous schedule.
For the fire retardant treatment, numerous existing technologies were tested and studied hurriedly. As a result, we came to a treatment that applied infrared seasoning technology, studied by a group at Utsunomiya University lead by Professor Ando. This technology involves smoke seasoning Japanese cedar by infrared rays and destroying the pit membranes. In doing so, it becomes possible to smoke season the wood to the very center. This makes it easier to apply chemical treatment all throughout the wood. In addition, the surface stress is decreased in the wood, so there is little torsional or curvature deformation, and could act as architectural material to gain precision. Using these new technologies, we had to prove that even natural materials such as the Japanese cedar could show stable inflammability.
Using the size and spacing that were verified with the full scale mockups, a few new mockups with the substrate and roof combined were made using the Japanese cedar applied with these treatments. Several preliminary experiments assuming the final examination at the lumber workshop were done during construction. We were prayerfully looking at the flames in suspense of the results every day.
Through these processes, we successfully earned recognition from the minister of construction, and were able to largely use the Japanese cedar indigenous to the local area.

Continuation of Members, or Material Characteristics and Abstractness
With louver construction it is thought from their structure that once the size and spacing of louvers on the front side are decided, the designing process is over. Yet in truth it is not so. The problem lied at the relationship of the assembling of the substrates. Especially for this museum design, we made it possible to see all the supporting structures underneath and the Japanese cedar louvers that were being supported. For example, when you lift a part of the roof, underneath the louvers lie mounting steel frames for the louvers, the roof made of fluorine plates and corrugated glass roofs, sheathing roof boards, rafters, steel structure frames, hanging bolts for the roof substrate, mounting frames for the louvers, and lastly Japanese cedar louvers for the ceiling. On the surface of the louvers, the substrates are already visible, but this time, natural light is invited into the interior space, so the substrate structures are ever more visible. Even for the roof, we tried to effectively show the supporting structures and the substrate materials that were designed to be shown. As we were studying and designing the details of the metal fittings foundation, over 150 drawings were drawn just for the metalwork for the louver.
Needless to say, architecture is an assembly of the massive number of each individual part. They are all continuous from the large construction materials, connecting to the intermediate members, and to the detailed texture of the surface layer. The various sizes of each member is supported by many jointing methods.
In order for this to work, insuring accuracy for the installation was needed to make jointing for each component possible, and that would be the rule for the “Architecture” composition. Upon designing the substrate structure that we could show, we rediscovered this rule. Furthermore, within the composition rules of high precision, we were able to bring into effect the expression of the characteristics floating in the structures inside the abstract geometrical pattern by inserting natural material of Japanese cedar which was processed in to an abstract component.

The Completion of the Museum
As the studies of planning and construction went on, at one point the museum covered with louvers sprang up. The erected form contained various expressions of light and the changing of seasons, as well as the marvelous physical sense of the museum blending in with the surrounding nature as if it were floating. Even the few planning staff would let out a sigh of amazement every morning in front of the museum. People in the town of Bato told us “So this is what you wanted to do, we finally understand”. Even the people passing by the neighborhood have various comments like “Wow, this building is amazing” to comments like “And, when are you going to put on the roof?” But they all walk by with a smile on their face.



(ディテール153号)2002年夏季号

空想ディテール 題5回
テーマ 「階段」

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(建築技術 2001年11月号)

小さなモデュール/大きな寸法と その精度

 この美術館の設計において私たちが努めて心がけたのは、81m×27mに渡る、大きく単純な切妻型の建物を細かいルーバーのみで構成させ、それ以外の構成要素を最小限に抑えることであった。
これは、ルーバーという粒子化された素材を用いることで、柔らかく包み込まれた、開かれた公共空間を実現させる試みであり、かつ広重の浮世絵世界に近づく試みでもあった。言ってみれば、広重の作品に見られる、細い線と小さな点による自然の織りなす繊細にして曖昧な表情とその流動を 建物全体に徹底して表現し、建築自体を自然環境の中に浮遊する粒子の雲のようなものにしたいと考えたからである。
設計の作業としては、ルーバーとして木材を使用することによる法規、その他各基準に合わせること、また、それら小さなモジュールで全体を構成することから来る施工精度の確保と、構成要素を極力減らすために現れるシビアな異種材間の調整の困難を克服することが課題であった。
ルーバーにおいては、まず、材料の問題を克服することから始まった。
本計画敷地は法22条地域内に立地するため、屋根に不燃性能が要求される。一般的には屋根全面に渡って木材を使用することはできない。アルミや石など、他素材の使用の可能性も考慮に入れながら、検討を進めた結果、杉材の不燃処理技術の開発に行き当たった。宇都宮大学の安藤先生のグループが研究している、遠赤外線乾燥を応用した処理方法である。これは、杉材を遠赤外線燻煙乾燥させ、その表面にある壁孔壁を破壊することによって、内部までの徹底した乾燥と各種薬剤処理を容易にし、且つ木材の表面応力を減少させる事が出来る技術である。この技術に新たに開発された不燃処理技術を加え、燃焼実験等を重ねることにより、法38条申請により建設大臣の個別認定を取得し、杉材の使用が可能になった。
 81mに及ぶ建物幅全体を構成するルーバーの大きさついては、モックアップの作成 / 検証の繰り返しにより、60×30の部材断面を120ピッチで展開することに決定した。これは、周辺の自然環境を背景に浮遊する粒子の、粒ひとつの大きさを決める大事な作業であったが、81m幅と30mm見付けというあまりにも離れたスケールを同時に検証するため、どんなに詳細に書き込んだCADの立面図やCGであっても、図面(紙)による検討は不可能であった。この決定により、建物の各部位(全てのルーバー、屋根/外壁のフッ素鋼鈑のハゼピッチ、床の芦野石、内壁の手漉き和紙スクリーン等)の基準寸法を全て120の倍数で構成されるように決定した。
ルーバーの皮膜の下には、フッ素鋼板立ハゼ葺き、波板ガラス、ガラストップライト、跳ね出し部分(庇部分)等、様々な規格の異なる下地との取り合いがあり、例外的な納まりを極力なくし常に最大公約数的なモデュールの検索と、小さい寸法であるが故の精度確保の工夫をスタディーする作業が続いた。、それは、小さな原則で建物全体の端から端まで検証することの繰り返しであった。合わせて、下地部材は極力目立たせず、可能な限り小さく主張しない造形を検討した。現場において、木ルーバー施工図だけで150枚にも及んだが、先に述べたルーバーのモデュールの選択と、下地の検証という細かい部分作業の連続により、81mに渡る大きなルーバーの皮膜は一気に現れた。そこには施工途中においてさえも、移り変わる自然のいろいろな表情を写し込み、柔らかく曖昧な輪郭を出現させていた。関係者は、これがやりたかったのか、ようやく解ったと口々に言い、町ゆく人々は、すごいものを作ったねという人から、いつになったら屋根を張るんだという人まで様々な反応を見せた。

ルーバー関連以外においても、建物の構成要素を最小限に減らすという点に関して、徹底的に検証を試みた。
 それは、石、ガラス、スチール、手漉き和紙等、様々な素材の組み合わせに渡り、素材同士を可能な限り即物的に接合させ、ミニマルな素材を、更にミニマルに構成させる工夫だった。この作業により、建物の物質感を極限まで抽象化して表現することが可能になるのではないかと考えた。無垢柱とガラスリブの例を次に述べる。
 エントランスホールは鉄骨造で構成され、開放的でルーバーだけで構成されているように見せることを心がけた。そのため、トイレ袖のRC壁からレストランのRC壁まで30mに渡り梁を飛ばし、水平ブレースで固めることで地震力をRCコアに負担させ、間にある柱を、鉛直荷重のみ負担すれば良い細いものにした。尚且つ、無垢柱とすることでさらにメンバーを落とした。
さらに構成部材を少なくするため、ガラスの皮膜を支えるサッシュと構造材としての柱を兼用する納まりを工夫した。単純にいえば、ガラスリブのメンバーを最小限にし、リブの受けるフェイスガラス面の正/負圧を構造柱で負担するというものである。この工法には各種シール材の接着強度の特性を検証する必要があった。ガラスリブと鉄骨無垢柱を接合するとなると、異種素材間の接着強度確保のため、構造用シールを選択することになる。が、しかし、構造用シールはせん断力に耐えないため、負圧によるガラスリブの引き抜きが起こると切れてしまう。そこで構造用シールにせん断力をかけない工夫をとして、構造用シールで、予めガラスリブにアルミのコの字型を接着しておいて、溝を切った無垢柱に差込、押し縁で押さえるという方法を考えた。溝の中でアルミのコの字型がある程度動けることにより、シールにかかる力が、せん断から引っ張りに変わるのである。しかし、この工法は理屈でいえば、鉄骨の建て方をサッシュ精度でこなせなければ無利である。実現するためには、鉄骨の接合におけるディテールの工夫と膨大な回数に及ぶ建て方時の測量とに手間をかけ、建て方精度を極限にまで高める必要があった。何とかこれにより構造柱とサッシュを兼用でき、空間を構成する要素をひとつ減らすことが可能となった。
基本的には全体の抽象的な空間の表現を実現するために、ひとつひとつのディテールの検証し、ディテールの表現を全体のイメージに追いつけることが、全ての作業の目標であった。最終的に内観においても、垂直面を構成するのは手漉き和紙だけで、その他は、杉ルーバー以外なにも無いという空間が出来上がった。



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