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[71] - 2006/10/10 (01:41)

『歓喜世界』 20060505
ギャラリーとその人びと

Team Soft
総合プロデューサー:迫村裕子
設計:押尾章治
照明:豊久将三

大いなるお導きのもとに「対話のギャラリー」と「ひかりのギャラリー」は完成。制作に携わった三人の精鋭にこれまでの秘話を伺います。

◎開祖様は偉大なアーティスト
無事、落慶を迎えられた今のお気持ちをお聞かせください。
迫村 とても幸せです。まさに、この本のタイトル、「歓喜世界」そのものです(笑)。
 大変大きなプロジェクトに関わらせていただいて、その間、ドラマチックなことがたくさんあったのですが、今、振り返ってみると、すべてのことが最初からこうなるべく運命づけられていたような気がします。
 比喩が乱暴かもしれませんが、子供を産んだときと似ているんですね。出産というのは自分の力だけでできるものではありません。神様が私の体を使って産み出された、とでも言ったらいいのでしょうか。私は単に子供を産むお手伝いをさせていただいただけでした。
 今回のプロジェクトも、何かわからない大きな力に、今の私のポジションや能力を使っていただいて成し得たように思えるんです。
豊久・押尾 まったく同感です。
お三方は、今回のために「チーム・ソフト」  を構成されていますが、その核となっているのが迫村さんです。迫村さんはプロデューサーとして、またコンサルタントとして、文化、教育、コミュニケーションの分野に  携わってこられました。展覧会も数多くプ  ロデュースされ、海外との仕事を中心に活躍されています。今回のメンバーはどのように決められたのでしょうか。
迫村 今までの経験から、今回のプロジェクトは「光」が大きな柱になると直感していたので、まずは照明デザインの豊久さんにお話をしました。豊久さんは、世界的に有名な照明デザイナーで、東京国立博物館の法隆寺宝物館の照明を始め、多くの美術展示の照明を手がけられている方です。空間デザインは豊久さんと相談して、精神の深み、また、高みまで考えてくれる建築家でなくては、と押尾さんに白刃の矢を立てました。押尾さんは隈研吾さんの設計事務所で、個人住宅から美術館の設計、また、数多くの展覧会に関わって来られ、独立された方です。
そもそも、お三方が二つのギャラリーのデザインに関わることになったのは、どういう経緯だったのですか。
迫村 今年八月、東京美術倶楽部で開かれます、真如開祖様の回顧展「伊藤真乗の目と手」のお手伝いをすることが、まず先に決まっておりまして、そのあとに、こちらのギャラリーのお話をいただいたのです。
 実は私、最初は回顧展のお仕事をお断りしたんです。お作品といっても、開祖様はアーティストではないわけですから、真如苑さんの内々ならともかく、一般の方々の目に触れる展覧会の鑑賞には耐えないのではと思ったのです。
 ところが、お作品を拝見したら、素晴らしいではありませんか。すっかり魅了されてしまいまして(笑)。
豊久 「対話のギャラリー」に、開祖様のお作品が何点も展示されていますでしょう。あの照明を決めるにあたり、誰もいないところで、いろんな角度から光を当ててみたのです。開祖様のお作品は、涅槃像様もそうなのですが、接すれば接するほど、心魅かれていくのです。開祖様は大指導者であられると同時に、偉大なアーティストでもいらしたんだと実感しました。
押尾 私は「ひかりのギャラリー」の「出山の釈迦像」で、それを感じました。仏様の形を作る、ということは客観的なものにしていく作業ですから、精神性が宿りにくいのです。
 ところが、開祖様の釈迦像は、光の先に大きな世界をはらんでいることが、見れば見るほどわかってくる。拝見しているうちに感動してくるんです。内面が外に表れている。開祖様の素晴らしい作家性を感じました。

◎ギャラリーには仕掛けがいっぱい。
空間デザインは、どんな風に進められたのですか。
迫村 二つのギャラリーは、新しい試みとして、ご信者さんだけでなく、一般の方にも開放されるということでした。ということは、お友だちに連れて来られる方もあれば、相当な決心をして臨まれる方もいる。なかには、イヤイヤ来られる方もあることでしょう。でも、一歩中に入ると、そんなことは一切忘れて、どなたもが純粋に感動していただける場所にしたい。それが、三人が心から願ったことでした。
押尾 ご信者さんが礼拝や法要をする「祈り」の空間であると同時に、仏教美術の展示空間として、地域、社会に積極的に文化貢献していきたい、という真如苑さんの意向がありましたから、「祈り」と「鑑賞」という二つの機能を併せ持つ、精神性の高い空間を作ることがテーマとなりました。「祈り」と「鑑賞」という、一見、無関係に思える二つの行為。実は、そのどちらもが、目の前にある対象物を通して、その奥にある大きな世界を想像する、あるいはその世界に自己を委ねて一つになっていく行為ではないか。つまり、「祈り」と「鑑賞」は同じではないのかと考え、仏教的な空間概念を示す光と、鑑賞のための繊細な光を同時に体験できる空間デザインを試みました。
二つのギャラリーとも、入った途端、不思  議な身体感覚を覚えます。光があるのに光  を感じない。あるいは、光の中に包み込まれてしまって浮遊する感じ。そして、この中にずーっといたいと思う……。
押尾 今回の二つのギャラリーは、光が主役。豊久さんが作ってくださった光のシステムには、最新のものすごいテクノロジーが駆使されています。でも、そんなことはおくびにも出さない。意図的な人工的な光なのに、最初からそこにあったように思わせる。その仕掛けが素晴らしいんです。その空間に入った人は、「光」によって、身体感覚を広げることができる……。
迫村 でも、あまりに自然で、一体どんな照明が隠されているのか、私たちにはまったくわからないんですよね。
豊久 クリエイティブな人たちは、どうしても作品の中に自分を出そうとする。オレがオレがという気持ちが前面に出る。それが邪魔になるんです。一瞬はいいのですが、そのうち、そんな作品はあきられてしまうんです。
 結局、誰がやったのか、どういう仕掛けがあるのか、わからないくらいの匿名性。意図的なものがない世界を創る。そうすると、そこに来る人の心の琴線に触れるものができるんです。これは、他のお二方も同じ考えでした。だから、今だに、オレがやったんだという実感がない(笑)。でももし、次にまた依頼があったら、もっとやりたい。それはあります(笑)。
 あの二つのギャラリーは、まるで自分の裸をさらけ出しているようなもの。自分自身がそっくりそのまま出てしまっています。そして、今、つくづく思うことは、「自分はまだまだだ」ということです。
迫村 精神が鍛えられていきますよね。
光は、どんな風に作用しているのですか。
押尾 空間と光の関係というのは、光を発する光源があって、その光が周辺に広がるのか、一方向に行くのか、あるいはその組み合わせか、この三通りぐらいしかないんですね。
「対話のギャラリー」は中心に仏様がいて、光が回りに広がっていくのを、回りにいる人が受け止めていく構図。「ひかりのギャラリー」は一方向の光、ないしは反対方向の光、で表現しています。そしてそれは、そっくりそのまま、金胎両部の曼荼羅のあり方ではないのか。胎蔵界曼荼羅の大日如来様を中心として、放射状に広がっていくあり方と、金剛界曼荼羅の求道と衆生教化の直線的なワンウェイの行き来のあり方。結局、自分のやって来たことが、それで説明できることにあるとき気づいて、感動したんです。自分は、仏様の世界そのものを表そうとしていたのか、と。そして、ああ、自分は仏様の手の中にいたんだ、と悟ったのです。道は最初からついていたんですね。
迫村 このお仕事は、そういう不思議が多かったんです、ほんとうに。だから、私たち、つい、「ご縁」ですとか、「お救け」ですとか、口をついて出るようになってしまって(笑)。
「ひかりのギャラリー」には、出山の釈迦像がご安置されていますが、座って拝していると、遠くにあるのか近くにあるのか、距離感がわからなくなってしまいます。
迫村 ほんとうにそうですね。豊久さんの光のマジックです。釈迦像の向こうには無限の彼岸が広がっているような気がしますもの。釈迦像の向こう側に飛び込んだら、彼の岸に行けそうに思えてきます。
押尾 間近まで行っても、距離感がわからないんですよ。ずーっと続いているように見える。
迫村 出山の釈迦像は、正面ではなくて、微妙に斜めを向いていらっしゃるんです。そばまで行って、少し横からご覧になるとわかるのですが、衣のすそのエッジがはっきりと見える角度があるんです。それを見ていると、ほんとうに風を感じる。横からの風にあおられて、衣がなびいているのが感じられるんです。
押尾 出山の釈迦像は、開祖様がご謹刻のオリジナルとは大きさを変えてあります。それは、空間とのバランスの問題です。そして、それをどのようにご安置するのか、向きを決めるときは不思議なことがありました。像には正面があり、形の中心というものがあります。微妙に向きを変えることで、アウトラインも変化をし、表情を変えていきます。
 そして、開祖様がご謹刻された当時と現在では、時代も違えば、置かれる空間の質も大きさも違うわけです。果たして位置を決めるきっかけになるものがあるのか、と思っていたのですが、時代も空間も超えてシンクロするポイントというのがちゃんとあるんですね。それも、私だけではなく、みなさん、同じポイントで、「そこがベスト」ということになるのです。
 そういう場に立ち会えると、ほんとうに気持ちがよく、なんだかありがたい気持ちになってきます。
連続するアーチには何か意味があるのでしょうか。
押尾 はい。門型のフレームは鳥居と同じように、神様の領域への入口を示しています。と同時に、人間世界との結界の表現でもあります。その門の連続の突き当たりの壁面を球形にし、光で満たされた、無限に広がるイメージを作り出しています。此岸から無限の彼岸へつながっていく。そんな風に感じていただけたら、と思っています。
「対話のギャラリー」のガラスの吊りケースは、世界初の試みと伺いましたが。
迫村 そうなんです。普通の展覧会などでは、床面から立ち上がったケースは見かけますが、「対話のギャラリー」のものは天井から吊り下げられていて、床面まで届いていない状況。この吊りケースというのが世界初の試みなんです。そこに、豊久さんの非常にデリケートな照明が仕掛けられると、仏像がまるで宙に浮かぶような感じがします。その回りを何人かで囲んで、あるいはひとりで対座して、祈れるようになっています。心静かに仏像に向かってみてください。作品と個々人がしっかりと対峙できる空間になっていると思います。
 今回、Shinnyo制定書体を決めてくださったマシュー・カーターさんが、完成したばかりの二つのギャラリーをご覧になって、おっしゃったことがあります。「どちらも、品格があって、精神性が高い。そして、その空間に人が入ると、人の動きによって表情が変わってくる」と。また、「多くの場合、あまりに空間が美しいと、空虚な感じになりがちである。そして、そこに人が入ると侵入者のように感じたり、その空間にかけられていた魔法が一瞬にしてとけてしまったように感じるけれど、『対話のギャラリー』は、人を受け入れ、人に自由さを与える空間である。座る人もいれば、立つ人もいる。ぐるぐる回る人もいる。ギャラリーとして、大変成功している例だと思う」。そんな風に印象を語ってくれたんですよ。
豊久・押尾 うれしいですね。そう言っていただけると。

◎真如継主様に導かれて……。
ところで、豊久さんは、涅槃像様の照明も手がけられたそうですが。
豊久 はい。以前から、むずかしいけれども、「高い精神性」を表現する照明に挑戦させていただきたいと思っていたのですが、まさにその好機でした。ただ当初、私の中には、真如苑さんが求められているものと私の考えている方向性が違うのでは、という不安が常にありました。それが、涅槃像様の前で真如継主様にお目にかかることができてからというもの、そんな不安は消し飛び、心に確固たるものが芽生えた気がします。
真如継主様から、何か具体的なご指示があったのですか。
豊久 いいえ。継主様は、開祖様が涅槃像様をご謹刻されたときのお話をしてくださったのです。少女時代の継主様の目からご覧になった、開祖様のお話でした。ただ、それだけで、細かいご指示などはありませんでした。そのとき、初めて継主様にお目にかかったのですが、お話を伺って、継主様をお見送りした直後のことです。どうしたことか、不意に涙があふれてきたのです。もう恥ずかしいくらいの涙。それがどうしてなのか、そのときはわかりませんでした。その意味が自分なりにわかったのは、それから三ヶ月ぐらい経ってからのことです。継主様はあのとき、過去も含めて、私のすべてを認めてくださったんだ……そう理解できたのです。それが正しいかどうかはわかりませんが、それ以来、何かが吹っ切れて、大きく前進させていただけたと思います。
朝から夜へと照明が変えられるそうですがこれは画期的な発想ですね。どんな意図があるのですか。
豊久 照明デザインという仕事は、極めて情緒的に見えますが、再現性が大事ですから、綿密な計画と高い科学的技術が求められます。私は緻密に計画を立てるタイプで、この計画は完璧と思っていたのです。昨年末、工事関係の方が正月休みに入るのを見計らって、誰もいないご宝前で作業をしようと、静かに涅槃像様を見ていたら、誰かに、「違う」と言われている気がしたのです。「光というものはあなたの思っているように、こうしたら美しいとか、こうしたら完璧だというものではないんじゃないの」と。
 同時に、目標と目的があって、そこに向かって行くような仕事のやり方は間違っているのでは、という気がしてきました。そして、そんな目標を超えた、大きな世界に身を委ねてしまって、自然の流れのなかで仕事をしたほうがいいのではないか、と思うようになったのです。
 これを機に、光は自然の移ろいのなかにある。一定ではなく、刻々と変化するものではないのか……そんな風に考え始め、東から出て、西へと沈んでいく太陽。その太陽の光を涅槃像様が受けていくようにしてはどうかと、イメージが広がっていったのです。開祖様がご謹刻にこめられたお力って、すごいんですねえ。自分でも新たな世界が広がってうれしいですし、ありがたいことだと思っています。
迫村 そばで見ていて、豊久さんは昨年の夏を超えるくらいまで、大変厳しい状況のなかで仕事を続けていらっしゃいました。よく、「家から内々陣まで、雲に乗って来たい」なんておっしゃっていましたよね。
豊久 そのくらい、余計なことに触れずに仏様のところに来たかったのです。下世話な話は堪忍して欲しい。そんな気持ちでした。仏様とじっくりと対話させていただくことだけが、冷静ななかにも心高鳴る最後の挑戦だったと思います。

◎開祖様の回顧展に真心で向かう
「チーム・ソフト」のチームワークは素晴らしいですね。それぞれの業界のトップ・ランナーの三人が、どんな風にスクラムを組んで来られたのでしょうか。
迫村 普通、クリエイターが三人集まると、みんな強い人たちですから、意見の食い違いが起こり、途中で大げんかになることが多いのですが、今回は三人の心持ちも態度も向かっている方向も、ほんとうに揺るぎがありませんでした。だから、「ありがとう」で始まって、「ありがとう」で終わる、という貴重な経験をさせていただきました。
豊久 三人がしょっちゅう会って話をする、ということではなく、各々が個別の作業をしているのですが、最後はピタッとはまるんです。
押尾 自分の中に、常に迫村さんと豊久さんがいて、自然と同じ方向に向いて進んで行きました。自分の内的なものに問いかけて方向を見出し、動いていたわけですが、それがそのまま全体の流れに沿っていた。こんな言い方は変かもしれませんが、大きなお導きにのっかって、ここまで来たような気がします。
迫村 仕事って、こういうことなんだと思いました。そして、この仕事に関われたことに心から感謝しています。
豊久 極端に言うと、いつでも切腹する覚悟はありました。九割まで来ていても、ダメなら毅然と腹を切る、そういう仕事の向かい方でした。
迫村 もし、自分たちの言うこと、することが間違っていたら、天からNOという答えが返ってくるはず、と思ってやっていました。だから、結果はお預けして、ともかく自分たちのできる最善を尽くしてきました。
押尾 私も同じです。結果がダメなら、それまでのこと、と腹をくくっていました。
豊久 チーム名はソフトだけれど……。
迫村 ハードだった(笑)。柔は剛を制す、でしたね。これから、私たちは開祖生誕100年の回顧展に向かって、三人で心を込めて取り組ませていただきます。
本日はありがとうございました。




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